天の軌跡、星の奇跡 ・ 2



私は、副官・失格だ。

胸の奥に浮かんだのは、自分自身を哀れむ言葉。
大切なのは、私よりも 『 あの方 』 のはずだったのに。
今になって、やっと判った。
何ひとつ見ていなかったのは、私のほうだ。


過ちの苦い余韻の中、それでも、
妙にすがすがしいのは、どうしてだろう。


うごめく雲の隙間から、光の帯が降りてくる。
夜明け前から続いた雨は いつの間にか止んでいた。





許しを得て顔を上げると、湿った空気が近くなった。
真紅に縁取られた窓の外では、薄墨の雲が空を埋め、雨の糸を引いている。
重たげな景色の前で、白銀の髪がさらりと揺れた。

茜色をした大きな瞳は、透けるような肌に映えて、
あどけない顔立ちを それ以上に、より印象的に見せている。
まるで、1枚の絵のようだ。

見とれていたのは、ほんの一瞬。
小さなつぼみのくちびるから、涼やかな声がこぼれた。


“ 香凛 ” 


ついこの間までは 私ごとき者が、私室に招かれることはなかった。
こんな風に 名前を呼んでいただけることも。
大勢の大宦官に囲まれた、とても遠い方だったから。


“ 本当のことを … 教えてほしい … ”


それは まったくの不意打ちだった。

なんのことか、とすぐに切り返すべきなのに、声が出ない。
言葉少なの問いかけながら、何をお聞きになりたいのか、
どんな答えをお望みかも 私は、瞬時に理解していた。


この方は、ご存知なのだ。


“ 天子、さま … ”


いつも側にいた私ですら、かすかに疑問を抱くだけだった。
完璧なまでに 『 あの方 』 は 周囲を欺いていた。
それなのに。


目の前にいらっしゃるのは 偉大なる中華連邦の象徴。
広大な領土と億の民を統べる帝は 見るからに無垢な少女で
駆け引きだらけのマツリゴトには 不似合いなほど愛らしい。

だからこそ、私の主君が 真価を発揮できると思った。
そのための クーデターだと信じた。


知略に長け、武勲の誉れ高い 我が主、黎 星刻。
帝である天子様のもと、彼こそが実権を握る。
それが祖国のためであり、あの方の望みなのだと
私は信じて疑わなかった。

でも。


“ 香凛 ”


大宦官の支配に反旗を翻したあの日、我が祖国は救われた。
ブリタニアの属国に成り下がるのではなく、
戦い、勝ちぬく道を選んだ。

黒の騎士団という要素は無視できないが、大国と正規軍を退けた。
星刻様を知るものなら、決して 奇跡とは思わないだろう。
病を押し隠してなお、全てを勝ち得た主を
どれほど誇らしく思ったことか。


“ お願いです、香凛 ”


心のこもった真剣な、声。

耳の奥底で、大きく跳ねる鼓動が聞こえる。
指先をあわせる お2人を見た、あの時と同じだ。


あんな風に やさしく微笑む星刻様を、初めて見た。
ずっと昔、命を助けていただいたのだと 聞いていた。


それだけなのだ、と思いたかった。


“ 一度だけ、咳き込む姿を見ました。さりげなく口元をぬぐって … ”


一度、だけで。
やはり、この方は …

そ知らぬ顔、には ならなかっただろう。
隠し切れない動揺を 天子様もお気づきのようだ。
感情をさらけ出すなど もってのほか。
もしもここが戦場なら、副官失格を言い渡されても 仕方ない。


星刻様を 支える存在になりたかった。
戦場でも、それ以外でも、すべてを支えて差し上げたかった。

けれど漆黒の瞳は、はるか遠くを見つめるだけで、後ろを振り向くことはない。
私があの方を誇るように、あの方にも 私を誇ってもらいたかった。
有能な右腕としてだけでも。

たったひとつの役目に しがみついている自分が、
滑稽で、哀れだった。


“ 大丈夫って言ってくれたけど、わかるんです。 そうじゃない、っていうことが … ”


不安げな表情。
それでも必死に訴えかける瞳に 涙はない。
大切で、守りたくて、そのために何かしたくて、
気持ちだけが 溢れてくる。


そんな感情を、私も 知ってる。


雨粒は もう消えていた。
重そうな雲の隙間から 一筋の道が伸びている。
光は両手を広げるように、無垢な帝を包み込んだ。


“ 大切、なんです … この国にも、 私に、とっても … だから、私は  ”


まっすぐな言葉が 苦い思いを溶かしていく。
この方にとっても、星刻様は かけがえのない存在なのだ。
自らの国と 同じように。


腐りきった大人たちに閉じ込められても 純粋さを失わずにいた、強いひと。
何も見えていなかったのは、私のほうだ。


遠くばかりを眺めていた 星刻様の瞳に
穏やかな色が宿った理由も。


「 判りました … 申し上げます。 」


あの方の補佐、それが私の務め。


天子様が悲しむ姿は、星刻様も見たくないだろう。
それが自分のせいならば、尚の事。
何が出来るか判らなくても、何かが変わる予感がする。

無様にしがみついていても、いいと思えた。
星刻様の副官でいること、それこそが 私の誇りなのだ …
 





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すいません〜〜〜 星天なのに チャンリン → 星刻です;
こんなに長くするつもりじゃなかったのに。
片想いの女の子って 書き出したら止まらないんだよなぁ;

次で、絶対終りに…出来たらいいな…(弱っ)

'08 Jul. 12 up




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