天の軌跡、星の奇跡 ・ 3



この感覚は、なんだ?

胸の奥深く、まるで心臓そのものを、深くえぐられたように
痛みと虚ろな暗闇が、私の身体を蝕んでいく。


「 聞こえませんでしたか? ならば … もう一度 言いましょう 」


血を流しているのは、心だ。
天子様のお言葉が この胸を深く貫いたから。

青空の下、穏やかにそよぐ風に揺られて、
銀色の髪がまぶしく光る。


「 星刻、あなたに、暇を 出そうと思う 」


『 暇を出す 』 という言葉さえ、クチにするのは 初めてだろうに。


心なしか、歪んだ眉、
気をつけなければ判らないほど かすかに震える声。
冷静を保とうとしているのが、どうしても透けて見えてしまう。
本意じゃない、という推測は いとも簡単についていた。


だからと言って、それは
“ 誰かの意のまま ” という意味ではないはずだ。


お飾り、と目されていた頃とは、違う。
大宦官の独裁が終わった後も、頂点に立つ道を選ばれた。
実務に関わるようになって、それほど長くないとはいえ、
周りの手を借りながらでも、熟慮を重ね、ご自身で良しとしなければ
何かをお決めになる方じゃない。



  天子様が、私を 
  いらない 、と おっしゃっている。



そのたったひとつの事実で、息の根が止まるほど傷ついている。
自分がこれほど脆いとは、今の今まで 知らなかった。
それほどに 必要とされたい、と望んでいるのも。


「 … 理由を、お聞かせ願えませんか? 」


一瞬、傷ついたような表情を なさった。
他に選択肢がない、とでも言うような。
私の為に 良かれと思われての事なのだ。


思いあたる理由は、ひとつしか ない。


「 香凛が、何か言ったのですね? 私の身体のことについて。 」

「 星刻 … っ 」


大きな瞳が、悲しげに歪む。
そんな顔を見たくないから、隠し通すと決めていたのに。

不自然なまでに 続く咳。
吐血を伴うようになったのは、一体 いつのことだったか。


「 違う、香凛は悪くないの、 私が無理矢理 問いただして …  」


心優しい、天子様。

帝という運命を背負い、閉ざされた中でお育ちながら
驚くほど まっさらな心をお持ちだった。
初めてお逢いした日に目にした、明るく澄んだ瞳は、
今も 何ひとつ変わっていない。


「 私を守る、とあなたは言った … でも、あなたの命が削られるのは … ! 」


素直なだけの方では ない。
聡明さと強さを兼ね備えた、しなやかな光を放つ方。
まばゆくて、直視できないくらいに。


あなたに助けていただいたから、私の命は ここにある。
公然と私欲が横行する行き詰まった世界で、
正しさを叫んだ私は、踏み潰される寸前だった。
幼いながらも 声を上げてくださった、天子様がいなければ。

真の正義を知る この方がいてくださるなら、何かが変わると信じられた。
星空の下、約束を交わしたあの日、すべてを掛けて守ると誓った。
病が未来を食いつぶしても、剣を振るうのに 躊躇いはなかった。
ただひとつだけ、あなたの願いを叶える為に。


外の世界へ、あなたを。
そこが 綺麗なばかりじゃなくても。


その約束は 果たされた。
箱庭での日々は壊れ、あなたは世界の広さを知った。
それだけで 良かったはずだった。
この瞬間に朽ち果てたとしても、悔いはない。



確かに そう思っていた。

二度目に 指先が触れ合うまでは。



わずかに目を伏せ、言葉を選ぶあなたは たおやかな白い花のようだった。
宝石のような紅い瞳は溢れそうな涙をたたえ、まっすぐに、私だけを見つめていた。
親指が触れ合ったとき、この命は誰の為にあるかを知った。


跪いて見上げる角度が 少しずつ高くなっていく。
大宦官から解き放たれ、世界のあるべき姿と知識を 呼吸のように取りこんで
真実の目を開いたあなたは、日々美しく変わられてゆく。
私の浅はかな予想など いともたやすく飛び越えて。

吐き出した血をぬぐうたび、限りある時を惜しむほどに。


「 星刻 … ! 」


ふわりと、やさしい風を感じて
次の瞬間、もう動けなくなっていた。


俯く私の首筋を 天子様が抱き締めていた。


「 星刻、星刻 、 星刻 … っ ! 」


艶やかな肌、光をまとう銀の髪、
とても近い所で呼ばれる、私の名前。


「 てん、し … さま … 」


頭の中が 真っ白だった。
こんなことは、はじめてだ。


「 言ったでしょう?  私を守る、って … とこしえに、って …

 あなたと交わした約束が 私を 支えてくれてるの … 」


首筋に廻された手のひらに包まれ、肩の力がぬけていく。
優しく甘いぬくもりに 虚ろな胸が脈を打つ。
羽根のように軽い重みを ただ受け止めているだけで、
切り裂かれたはずの心が、その命を吹き返していく。


「 わがままだ、ってわかっています。

  でも、あなたの言う “ 永遠 ” が、私のとは違うなんて … 

  … そんなのは、嫌です … 」


失いたくない。

それは、私と 同じ気持ち … ?


「 だから、暇を出す、と? あなたから離れて、治療に専念しろ、と仰るのですか ? 」


「 … 側にいてくれなくても いいから … 星刻が 生きていてくれれば … 私は  」


涙に濡れた呟きが 耳もとで震えている。
いつの間にかこの手は、華奢な腰に添えられていて
やわらかな存在を、この方の未来までも 全て、
守りたいと願っている。

天子様のためならば、この命など、惜しくはない。
この方の為だと信じて、全てを捧げて生きてきた。


だが、この命を捨てることで、天子様が 悲しまれたら ?


「 私には、星刻が 必要です … だから お願い … 生きていて … 」


私が 粗末にするものを、必要だとおっしゃっている。
自分よりも大事な方が、私の為に 心を痛めて涙している。

天子様を苦しめるもの、悲しませるものは、許さない。
それが誰であっても。


ならば、私がとるべき道は。


「 お話は、判りました。 ですが、お暇をいただく訳には参りません。 」

「 どうし、て … っ  」


やさしい束縛はほどかれて、鮮やかな瞳と向かい合う。
とめどなく溢れる涙を 指先でそっと受け止める。
静かにこぼれ落ちる雫は、何よりも美しい宝石に思えた。

一粒も 零したくはない。
それが、私のためなら、なお。


「 あなたをお守りすると誓ったのです。 世界はまだ安定しているとは言えません。

 いつどこで、何があるか判らない。 そんな流動的な最中に お側を離れるつもりはありません。 」


「 でも それでは、あなたが … ! 」


涙をぬぐう指が滑らかな頬をすべり、小さな唇に封をした。
これ以上、私の為に 大切な方のお心を砕かせはしない。


「 あなたのお側でなければ、生きている意味が ないのです。 」


お心をかけていただいていること、
特別に思われていると うぬぼれてもいいのだろうか。
私が、この方を思うように。

柔らかな花びらの吐息が 指先を甘く くすぐった。


「 星刻 … 」

「 ご心配には 及びません。 この命も捨てずに 御身もお守りするつもりです。 」


この方をお守りする役目は 私のものだ。
誰にも譲るつもりは、ない。


「 治療にも 力をそそぎます。 お側に、お仕えする為にも。 」


濡れた瞳が微笑んだ時、虹のようにきらめいた。
私だけに向けられたその笑顔を、生涯 忘れはしないだろう。




天子様の計らいや、連合設立で 技術交流が盛んになったことなど、
理由はいろいろとあるように思う。
一武官でいた頃とは違う投薬、治療を任務と並行することで
私の病魔は息を潜め、存在感を薄めつつある。

だがそれは医学の力だけでは説明できない、と 医師は言う。
私が完治を熱望する想いが 良いように作用しているのだろう、と。
そうでなければ 説明がつかないと。


いつか、ゼロが言っていた『 想いの力 』というものだろうか。


ならばそれはすべて、天子様のなせる わざ。
他の誰にも判らなくても、私だけにおきた奇跡。


世界は未だ混沌として、光の届く気配は見えない。
それでも、今、守るべき方のお側にいられる。
その方も 私を必要としてくださっていて、握り締める手はあたたかい。


生きている、と想う。


終わらせるために 力を尽くすのではなく、
生きる喜びを感じるために 今日も私は、立ち上がる。
私を呼ぶあなたの声が、変わらず晴れやかであるようにと
奇跡のように無垢な笑顔が 曇らないように、願いをこめて。






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はぅぁ〜〜〜 よーやく終わったぁ〜〜〜;
筋は出来てるのに 言葉が出ない、このもどかしさったらどーだ!
ベッタベタの展開で申し訳ないんですが、こーゆう予定だったんで…;;;

本編はいろいろと予想外の進み方してるし、妄想が追いつかないよぅ!

'08 Jul. 21 up




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