Fallin’ (前編)



とてもおかしな話だけれど、その瞬間 スザクの目には
すべてが ゆるやかに映って見えた。
時間の流れそのものが 歩みをためらうかのように
視界の中のひとつひとつが、やけに鮮やかに焼きついている。

桜色になびく髪が 音もなく崩れ落ちる様までも。


反射的に受け止めた華奢な身体は とても軽くて
けれど 支えた手のひらには ぬるりとした感触がある。
真紅の絨毯の上に散る、いくつもの どす黒いしぶき。
これは、血、だ。


背中を流れる冷たさを 振り払うように、
まだ息のあるぬくもりを 無我夢中で抱き締めた。
絹を裂くような 悲鳴が聞こえる。
目の前で 新しい血の雨が、降る。


こんなはずじゃ、なかった。
つい今しがた、この部屋に着いた時には、彼女はやさしく微笑んでいて
皆も笑顔を浮かべていて、僕はただその様子を 誇らしげに見守っていた。


僕は、また 
大切なものを 失うのか。

胸に空いた風穴に 何もかもが、堕ちていく。



麻痺していく感覚のなか、小さく名前を呼ばれた気がした。






青天の霹靂、とは きっとこういう事なのだろう。
コーネリア総督の騎士・ギルフォード卿が 特派を訪れるだけでも
ただならぬ事態なのだから。
その要請を受けた時のことを、スザクは はっきり覚えている。


『  特別派遣嚮導技術部 枢木 スザク准尉、 
 本日付をもって ユーフェミア副総督の専任警護、 騎士の位に 任命する。
 これより貴殿は 副総督の盾となるべく 未来永劫、己の全てをもって、まい進せよ 』


厚みのある巻紙を読み上げる声は 穏やかでも 有無を言わさぬ響きがあった。

ナンバーズである自分に この国の副総督である
ユーフェミア殿下の、専任警護を任せたい。
そんなことが、あるなんて。


あっけにとられているスザクを尻目に ロイドが不平をぶちまけた。


『 ちょっと待ってくださいよぉ、スザクくんは 特派の大事な人材なんですよぉ。
  勝手に 引っ張られちゃぁ 困るんですよねぇ。 大体 ウチの人事権はぁ … 』

『 判っている。 第2皇子様には、ご了承を頂いている。 ただ …  』


ぴしゃりとロイドを黙らせてから、凛とした声が言いよどむ。


『  任命という形をとったが、当分は仮の処置である、とだけ 言っておく。

  ユーフェミア様が、命令はしたくない、と仰っているのだ。
  コーネリア総督の反対を押し切ったばかりか、特派との兼務も容認の上に、あろうことか
  貴様の意志を尊重したいとまで …。  こんなことは 異例中の異例だ。 判るか? 枢木准尉! 』


皇族を守る、それはすなわち ブリタニアの要をを守るということだ。
ナンバーズ出身者どころか、生粋のブリタニア人でさえも
容易につける地位ではない。 
ましてや、臣下の意志を考慮するなど。


そんな打算を考えるよりも早く、思い浮かべた 穏やかなイメージ。
スザク、と優しく呼ぶ声が、側で聞こえるようだった。


突然 空から振ってきた、愛らしい少女。
夕陽に染まる廃墟で、チカラを貸して欲しい、と 微笑んでいた。
雲の上と言っても過言ではない、高い地位にありながら
不思議と 近くに感じられる 柔らかな笑顔。


答えをためらう理由は なかった。


豪奢な広間に通された瞬間、足元が揺らいだように思えた。
提督の放つ刺すような視線、将軍や官僚たちの好奇の目が いっせいに向けられてくる。
その真ん中でたたずむひとが、儚げな花のような少女が
これからは 僕のあるじとなる。

たおやかな白い指を取る、この手の震えを気付かれはしなかっただろうか。
誓いの言葉を唱えた時 大きな瞳が ゆるりと滲んだような気がした。



専任警護、とはいえ しばらくは兼務を許された身だ。
学校へ行き、その足で特派に出向き、調整と訓練を積み、
皇女殿下のお側に馳せ参じる。
殿下は 政庁で過ごすことが殆どなので、警護といっても 後ろに控えているだけだ。
実際には彼女に請われて、その日の出来事を ご報告するうち、一日は終わる。
それが スザクの日課になった。

年が近いせいだろうか、皇女殿下は生徒会での話を 特に好んで聞いてくださる。
楽しそうに、時に真摯な姿勢で 相槌をうつ彼女は、いつも素晴らしい聴き役だった。



明るい笑顔は、見ているこちら側をも 幸せな気持ちにしてくれる。
嬉しかったこと、楽しかったこと、難しいと思ったこと、
ユーフェミアが相手ならば、心の流れのありのままを 吐き出せた。
彼女に逢える時間になるのを 心待ちにしてしまうほど。

一部の心無い純血至上主義者が、ナンバーズ出身の騎士を見下しているのは、知っている。
それでも、主人であるユーフェミアが、笑顔を浮かべてくれる限り
自分自身の道を、確かな足元を 信じていられた。


この 穏やかなひとときを、ひとりでも多くの人達と 共有できたら。

今なら 判る。
それが自分の 甘さだったと。


同年代との会見は 殿下にとっても良いはずだと、都合の良い理由をつけ
心優しい彼女が、臣下の願いをむげにしないことも、
判っていて、甘えたんだ。


『 逢いたい、と言っていただけるのは 嬉しいです。 
 それに スザクのお友達なら、私も逢ってみたいですから。  』


ずっと前から話題に出ていた、アッシュフォード学園 生徒会と、
皇女殿下との謁見は 当のユーフェミア殿下から、あまりにもあっけなく許可された。
警備上の規約にのっとり、3名だけ、であるとはいえ それでも特別な計らいだった。


ここのところ 休みがちなルルーシュには このことは、言いそびれていた。
殿下に会いたい、と言っていたナナリーは 数日前から体調を崩していて
可哀想ではあるけれど、彼女の立場を考えると、それはそれで良かったのだろう。

その日、政庁の一室には、いつもよりも 緊張した面持ちの3人がいた。
生徒会長であるミレイ、最初から謁見を熱望していたニーナ、そしてリヴァルだ。
きょろきょろとあたりを見回しながら 喋りまくるリヴァルを、会長が力強く小突いている。
相変わらず物静かなニーナの頬は 心なしか、赤いように見えた。

緊張は うつるものなのだろうか。
部屋の前まで来たところで、 ふいに殿下が立ち止まった。


『 どう、なさいました ? 』

『 スザク … 私 … 同じ年頃の方たちと お話するのは、
  本当に久しぶりで …  嬉しいです。 』


ありがとう、という声も、控えめに咲いていく可憐な笑顔も 
甘やかに この胸を締め付ける。

手のひらにある指先を そっと握り返した。


この美しい主を、早く皆に逢わせたい。
扉を開いた時は、確かにそう思っていた。


かすかに息を飲む音がして、ニーナが立ち上がっていた。
ポケットから取り出した 小さな塊から 金属の反射が見てとれる。
殿下の好意で ボディチェックを怠ったのは 失敗だったと、 頭のどこかで声がした。


『 汚らわしいイレブン風情が … ユーフェミア様から 手を離して!! 』


汚らわしい、イレブン風情。

友達だと思っていたのに。
ニーナは、僕を受け入れた訳じゃなかったんだ。


そんな言葉をなぞりながら、やけにゆっくりと すぐそこに迫る刃を見ていた。
その時の僕は ニーナ動きを目で追うばかりで 逃げようという考えなんて
これっぽっちも 浮かばなかった。 

立ち尽くす僕の胸元を 何かが軽く突き飛ばした。


『 … ! 』


誰かの悲鳴が 聞こえた気がする。

まるで花びらが散るように、乱れ落ちる淡い色。


それが、桜色の髪だと、
ついさっきまで手を添えていた 皇女が倒れる瞬間なのだと
理解する前に 受け止めていた。


神聖ブリタニア帝国 第3皇女、
統括地区 イレブンの副総督。

守らなければならない、ひと。


初めて出逢った日にも、こうして彼女を受け止めたんだ。

あの日、すぐに見つめ返した大きな瞳は 閉じられている。
細い腰に添えた手に 溢れ出す、生暖かいもの。


『 ユフィ … ! 』


僕に向けられたはずの憎悪を 代わりに受け止めたのは、
臣下である僕を庇って倒れたのは、

他ならぬ、ユーフェミア殿下・その人だった。






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先走ってごめんなさい、日記に書いてた ヤな妄想です;
長いのは苦手なんで、今んとこ 前後編で終りにしたいな、と。
予定は未定で、決定ではありませんが。


'07 Jan. 27 up




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