Fallin’ (後編)



息苦しさに包まれて、過去と今が、同じ恐怖で混ざり合う。
暴力でしか主張出来ない、野蛮な人種が 私に牙を向けている。
心の底から軽蔑しているはずなのに、泣き叫ぶしか出来なくて。


“ あなた、 大丈夫 ?  ”


身体を縛る恐ろしさを、はらってくれた 鈴のような声。
優しげな姿に漂う毅然とした空気は、他の誰にもないものだった。

偉大なる帝国の美しき皇女・ユーフェミア殿下。
選ばれた人が、私のために 立ち上がってくださった。
私のために、命の危険もいとわずに。
運命を感じるには、充分すぎる出会いだった。

焦がれては諦め、幾度となく溜息を繰り返した。
狂おしいほどの長い時間を耐え偲んで ようやく お逢い出来たのに。



私に向けられるべき 笑みは、白く麗しい指先は、
臣下の者が 独占していた。

名誉ブリタニア人といえ、元は低俗な イレブン。
図々しく生徒会に入り込んだこと、馴れ馴れしく話しかけてくることも、我慢しようと決めていた。
殿下にお会いできる機会を作ってくれれば、それで良かった。

運命を、守らなければ。
震えているだけじゃ 何も出来ない。
勇気を出して、私の殿下を。

いつも鞄に忍ばせていた護身用のナイフは、きっとこの時を 待っていたんだ。


『  … ユーフェミア様から 手を離して!! 』


手ごたえは、あった。
恐る恐る目を開けると 薄紅になびく長い髪が 崩れ落ちていく様子が見えた。
手のひらに散る 鮮やかな赤は、恋い焦がれたひとのもの。


私が、この方を …


こんなはずじゃ、なかった。
間違いは、正さなければ。

許されない過ちを なかったことにするために
喉元に当てた冷たい刃を、力の限り 振りぬいた。






腕に抱く細い身体は、青白く、とても静かだった。
支えるこの手を濡らす血が 止まらない。
生々しいその匂いに 花の香りが沈んでいく。
艶やかな絹糸の髪も、滑らかな肌も 全部閉じ込めているはずなのに
胸の奥を吹き抜ける、冷たい風はうねるばかりで。

大きすぎる鼓動も、妙に荒い呼吸も 自分の中で響いている。
これは全部 僕の鼓動で、僕自身の呼吸だ。
今、動いてほしいのは、聞きたいのは こんなものじゃない。


“ スザク、だいじょうぶですか? ”

“ スザクの お友達なら ”

“ スザク 、 スザク …  ”


たくさんの笑顔が、いくつもの呼びかけが、やさしく通り過ぎていく。
さげすむ視線も、疲れた身体も 忘れるほど、あたたかな …

君という光が、いつも照らしてくれるから
目指す道は続いていたのに。


「 ユフィ、 ユフィ … しっかり  … っ  」


摺り寄せた頬は まだ あたたかい。
どうか、もう一度 目を開けて。
もう一度 僕の名前を呼んで。


「 スザク!  ニーナが … !!  」


リヴァルの声に ミレイの悲鳴が重なった。
新しい赤いしぶきをあげて、自分の喉を裂いたニーナが
力なく 横たわっていた。


どうして。


何が、どこで間違っていた?
愚かな間違いは繰り返さないと 心に決めたはずだった。

だいそれたことを 願ったつもりはない。
大切な人達が、喜ぶ顔を見たかっただけなんだ。
僕はまた、なくしてしまうのだろうか。
失ってから気付くなんて、後悔なんて もうたくさんだ …


「 … す、  ざ く … 」


大きくなるばかりの鼓動に 小さな声が混じりあう。
弱々しく向けられた 白い指を捕まえる。
淡い藤色の瞳が 僕を見上げて揺らいでいた。


「 ユフィ、ユフィ … ユフィ … っ  」

「 … だ い じょうぶ、  ですか … ?  ごめん なさ  い、  せっかく …  」


傷ついているのは自分なのに、この方は。

呆然とするばかりの自分に、猛烈に腹が立っていた。

助けなければ。
この方だけは、失うわけには、いかない。


「 喋らないで ! 今、医務室へ …   」

「 よかっ  た  … スザク が、  無事で …   」


華奢な身体を抱き上げて、血の海に足を踏み出した。
少しだけ、冷たくなった指が 僕の頬をかすめて落ちて


その後のことは、あまりうまく思い出せない。


どこをどうして 医務室に辿りついたのかさえ。
彼女が無事だ、と知らされるまでの 永遠のような長い時を
どうして過ごしていたのかも。



覚えているのは、痛み、だ。

弱々しく閉じたまぶたに、ありったけのチカラで 呼びかけた。
締め付けられる胸の痛み、そして頬を打つ熱のうずき。
提督の細い腕がしなり、 何度も殴り飛ばされた。

それでも、あの血を見た時、彼女の意識が途切れた時の
凍りつくような恐怖よりは 数十倍も ましだった。
このまま騎士を解任され、ブリタニア軍をおわれても、意義を唱えるものなど いないだろう。
それでも、構わないと想った。


イレブンとか、ブリタニアとか そんなうわべの境界線を気にすることなく
微笑む彼女が 存在してくれさえすれば、きっと 世界は変えられる。 


廊下の隅でうずくまる僕を 現実に引き戻したのは 白いブーツのかかとだった。
うつむく頭を踏みつけるのは、彼女の姉、コーネリア提督だ。


「 本来なら、八つ裂きにしてやるところだがっ … ユフィが …  貴様を呼んでいる。 」

「 … お逢いしても、宜しいのですか … ? 」


これ以上ないほどの殺気を放って 形の良い眉が歪んだ。
かすかに震える唇には 激しい怒りが漂っている。


「 良いか、枢木 …  これだけは 覚えておけ。 

 もしもまた、ユフィが血を流すようなことがあれば、 誰が何と言おうと、
 たとえそれがユフィ自身の言葉であっても、容赦はしない。  
 
 私が 貴様を殺してやる!!! 判ったか!!! 」


きびすを返す背中を追って、後ろに控えるギルフォード卿も ゆっくりとそれにならっている。
一瞥をくれたまなざしは 何を言いたかったのだろう。
許された、という事なのか。

身体は 素直に反応していた。
いつもなら躊躇するであろう、重厚な細工の扉をくぐり
彼女の私室へ入っていく。

緊張や遠慮、敬意を表すよりも まずは彼女に逢いたかった。
天蓋の向こうに横たわる桜色を目にしただけで 全身のチカラがぬけていく。
透ける薄布をそっと開くと、彼女は静かに眠っていた。

少し白すぎる顔色や、腕から延びる点滴の管が痛々しい。
それでも、規則正しい寝息は 優しい音色を奏でている。
それはとても穏やかで、まるで子守唄のように 心に空いた穴をも 塞いでいく。


「 ユフィ … 良かった …  」


気安く愛称で呼びかけるなど 許されないことは判っている。

けれど 彼女を想うとき、自分にとっての彼女は、 
 「 殿下 」 ではなく、「 ユフィ 」 だった。 
ひとりの、女の子だった。


ゆるり、と 開く瞳が 僕の視線を、釘付けにする。
震えながら延びた指を てのひらごと抱き締めた。


「 すざ く …  」


君の声、君のぬくもり、
君の笑顔 …

目にうつる存在の全てが ゆっくりと染み渡っていく。
言いたかったことは、沢山あるはずなのに
何も言葉にならなくて、ただその指に くちづける。

謝罪と、感謝、そしてもっともっと大きな 
言葉に出来ない気持ちをこめて。



どれほど地位を上げたとしても、僕は まだ未熟で、
守りたいものは 無謀なほど、沢山ある。
だけど、今、絶対に なくせないものを 見つけた気がする。


  「 ねぇ、ユフィ … とっても申し訳ないけれど、 君の期待を 裏切ろうと想うんだ。  」


もう二度と、失いたくはないから。


「 アッシュフォード学園を、辞めるよ。

 僕を入学させてくれたことには、本当に感謝してる。

 だけど、大切な仲間達が いつも幸せに暮らせるように、 
 一番大事な君の守りに、 専念するって 決めたんだ。  」


やわらかな雨のように、自然に降りてきた 決心。
それがいつか  みんなの為に、この日本の為になる。
きっと、ルルーシュも判ってくれる。


目を閉じていても ちゃんと判る。
震えるこの指を 離さない。


ようやく言葉になってくれた 納得のいく答えに
君が 笑顔で頷いた。




fin.


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ヤな妄想・よ〜やく終りです;
甘いんだか、くどいんだか、訳わかんなくてごめんなさいー。


'07 Jan. 31 up




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