香港夕食哀歌   〜 ほんこんゆうしょくえれじぃ 〜



「 小狼さま、もし宜しければ私もお手伝いさせていただきますが…。 」


料理長の申し出を小狼はやんわり退けた。


「 ありがとう。でもそれほど難しいものは作らないから大丈夫だ。
 何かあったら声をかけるから。 」

「 かしこまりました。いつでもお呼び下さいませ。 」


1人残されてみると、自宅の厨房に立つのは久しぶりだという事に気付く。
おもむろに腕をまくり緑のエプロンをつけると、小狼は食材の入った箱に手をかけた。
今朝、日本から届いたばかりのものだ。

そもそもの発端は5日ほど前、満面に笑みを浮かべた姉・雪花の一言だった。


「 ねぇねぇ小狼。長いこと日本にいたんだもの、
 あちらの お料理も いろいろ作ったりしたんでしょう? 」

「 えっ…? そ、そりゃまぁ 少しは…。 」


もってまわった話の切り出し方に、小狼の返事も歯切れが悪い。
雪花の後ろには他の3人の姉達も これ以上ない程の笑顔で控えている。
何か頼み事がある時のお約束の並び方。 思わず身構えそうになる。


「 あのねぇ〜、私達たまには日本食をいただきたいなぁ〜なんて思うのよね。
 お店で出てくるみたいなヤツじゃなくって、もっとカジュアルなのが。
 小狼、お料理上手だし、久しぶりにご馳走してもらえたら嬉しいわぁ〜って思って。
 ね?お母様? 」


黄蓮が夜蘭に話をふったので、小狼は背中が汗ばむのを感じた。
そんな小狼を知ってか知らずか、夜蘭は優雅にお茶を置いて微笑みながら切り返す。


「 そうですね。小狼が腕を振るってくれると言うのなら。 」

「 は、はい!母上!」


夜蘭に頼まれては嫌とは言えない。つい気をつけの姿勢で返事をしてしまう。


「 やったぁぁぁ〜〜! 」 


姉達は飛び上がって大喜びしている。


まぁ、いいか…。皆が喜んでくれるなら…。
でも“カジュアルなもの”って…。


ひとしきり喜んでいた4人がいつの間にか小狼を取り囲んでいる。


「 あ、それでねぇ 作ってもらいたい物があるの! 」   … え?
「 前にテレビで見てね、すっごく美味しそうだったの! 」 … なんだって?
「 食材はちゃんと日本から取り寄せるわね! 」      … ちょっと待て。
「 あぁ もう今から楽しみよねぇ〜! 」         … 何なんだ!


4人の畳み掛けるような勢いに圧倒されながら、小狼はようやく口をはさんだ。


「 一体、何を…。 」


きらきらと瞳を輝かせた4人は“せーの”で一斉に声をあげた。

「 お・で・ん! 」


先の先まで決定済みの頼み事もまた、お約束のパターンだった。


上手く乗せられた気もするが、だからといって嫌ではなかった。
何だかんだ言っても、皆 自分の手料理を楽しみにしてくれているのだ。


「 さてと、おでんだけって訳にはいかないよな。付け合せも和風のほうがいいか…。 」


献立と手順を考えながら食材を広げていた小狼の手が ふいに止まった。


「 これは…。 」


箱の底に入っていたもの。どう頑張っても好きになれない唯一の…。


「 こんにゃくじゃないか…。 」


確かにおでんと言えばこんにゃくは必需品かもしれないが、小狼には不要のものだ。
食感といい、匂いといい何をどう工夫してもこれだけはダメなのだ。


料理長を呼ぼうか…、いやまて、いっそ入れなくても…。
でも母上も召し上がるのに…。一体なんでこんなものが存在するんだ?


永遠とも思える時間が過ぎた。悩んでいるうちにもう訳が解らなくなってくる。
こんな事に手間どっているのが、ばかばかしく思えて仕方がない。
結局こんにゃくは入れることにした。自分は食べなければいいのだ。


「 李家の跡取が…情けないぞ。 」


一旦決めてしまうと後は早い。慣れた手つきで瞬く間にその日の夕食は出来上がった。


「 うっわぁ〜! 美味しそぉぉ〜! 」


おでんを中心に茶飯や赤だしの味噌汁、刺身に酢の物、香の物と食卓は色鮮やかだった。
姉達の喜ぶ顔を見ていると、小狼も嬉しかった。


「 まずは母上から…。 」


小狼がおでんを取り分けようとすると、夜蘭が静かに立ち上がり小狼を制した。


「 小狼、お座りなさい。 こんなにいろいろと用意してくれて…嬉しく思いますよ。」


そう言うと、自らおでんを取り分けて小狼に渡してくれた。


「 母上…。 あ、ありがとうございます!」


思わず笑みがこぼれてしまう。
母のねぎらいは何よりも嬉しかった。


「 あなた方も おあがりなさい。 」
「 うわぁい! いっただきまぁ〜っす! 」


母の声を合図にいっせいに空気が動き出す。
皆が「 おいしい! 」を連発して 小狼も誇らしい気持ちでいっぱいだった。
それじゃあ、と箸を持ったその時 小狼の顔が凍りついた。
夜蘭の取り分けた皿の一番上には 〜 こんにゃく 〜 が鎮座ましましていたのである。


「 小狼、好き嫌いはいけませんよ。」


母は何もかもお見通しらしい。

跡取の道は長く、険しい…。

改めて実感する夕餉の席であった。




fin.


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某所さまの「小狼の日常」募集に奮起して;

大昔の品物すぎて、恥ずかしいっす;







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