さくらいろ ふわり



「 うそぉ〜!もうこんな時間なのぉ? 」


なんとなく 幸せな夢を見ていた。
待ち焦がれた春が訪れたような、やさしい感じ。
そんな余韻に浸っているうちにギリギリの時間になってしまった。

いつもと変らぬ朝のはじまり。
自分では馴染んだ気でいても、急いでいると指先までも空回りする。
もう随分たつというのに、指の動きは6年間着慣れた制服を忘れていない。
バタバタと慌しく身支度をするさくらの頭に桃矢の皮肉たっぷりなセリフが浮かぶ。

“ おそよう、怪獣 ”

違うもん!…あ、忘れるところだったね。


「 おはよ! 小狼くん! 」


ベッドサイドのクマのぬいぐるみに声をかける。
どんなに急いでいても忘れる事はない。
違う街で過ごす時間がはじまった日から、1日も。

目覚めた時、眠りにつく時、嬉しいことがあった時、ちょっぴり寂しくなった時…。
どんな時だって、小狼くんが1番に浮かぶんだよ。

だから、これはおまじないなの。
私が忘れたら、私のことも忘れられそうだから。
私のこと、覚えていてもらうためのおまじない。


すごく自分勝手だって、わかってるよ。
でもね、何かで繋がっているって思いたいの。
とても大切な目に見えないもの、この手で確かめたくなるの。

やわらかい、ふかふかのぬいぐるみ。
小狼くんが作ってくれたクマさん。
大好きな小狼くんが…。

それでも、どうしても涙がでちゃう時は許してね。
香港は少しだけ遠いから…。


「 いってきまぁす! 」


何とか間に合いそう。
慌てたせいか、少し胸がドキドキしている。

あの角を曲がれば いつもの桜並木。
ピンク色のトンネルをくぐるようで、ふわふわした気持ちになれる大好きな道。
そう、まるで今朝の夢のような…。




はらはらと花びらが降る中で、少年は1人薄紅の木々を見つめていた。
左手には 羽の生えた桜色のクマのぬいぐるみ。
その身を包む真新しい制服は、友枝中学校のものだ。


「 遅いな…あいつ…。 」


でも、いつもそうだったな。
懐かしい思い出に少し笑ってしまう。
背が伸びて制服が変っても、多分あいつは変らない。
きっとこの花のように ふんわりと愛らしいまま。
そう思うと、待つ事も苦にならなかった。


  「 もう少しだよな? さくら。 」


大事に抱えたぬいぐるみに、小狼は そっと囁いた。



もう少し … あと少し …
ほら、ここから始まるよ …!




fin.


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原作版最終回にもう少し色をつけたくって
僭越ながら、書いてしまいました。
生意気で申し訳ございませんです。







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