from dark till dawn.



スザクが自室に戻ったのは、随分と遅い時間だった。
日付はとうに変わっていたし、身体は鉛の枷をつけたように、重い。

判っている。
まとわりつく重たさは、
きっと 疲れのせいだけじゃない。


この場所が、また戦場になる。
いくつもの混乱の結果が、戦争という形を描こうとしている。


ブリタニアと 大義名分を得た黒の騎士団。
開戦が決定的となった今、少しでも有利に事を進めるべく
双方が水面下で 着々と準備を進めている。
今は 動かなければならない時なのだ。
一日の時間が長くなるのは、やむを得ない。


溜息の沁みこんだような重たい扉をそっと開くと、
細く伸びたあかりの先に、小さく丸い背中が見えた。
思わず、顔がほころんでしまう。


「 アーサー 」


沢山のクッションを敷き詰めた お気に入りの場所で
スザクの友人は 眠っていた。


あちこち噛まれてしまうのは 相変わらずではあるけれど、
こうして側にいて、安心したように眠ってくれる。
その姿を見ているだけで 一日の疲れが熔けていく気がした。

彼の為に開けた窓から まだ冷たい夜の風が、控えめにカーテンを揺らしている。
そっとベッドに腰を下ろすと、冷えたリネンが心地良かった。
頬を撫でる風に 肩の力がぬけていく。


マントの留め金を外し 手袋に手をかけると、手のひらにこすれた痕が見えた。
ラウンズのためにあつらえられた、特別な生地を傷つけたのは
同じラウンズの、血に餓えた刃だ。


“ あの、虐殺皇女 ”


その言葉だけは、許せなかった。

思い出すだけで、身体中が熱くなる。


「 くっ … ! 」


全身の血が 逆流するような感覚に、手のひらをきつく握り締める。
ありったけの力を注いでも、こめかみに脈打つ怒りは 消えない。


何も、知らないくせに。

ユフィを、
本当のユフィを、
ユフィが やろうとしていたことを

なにひとつ、知りもしないくせに … !


今はもう、歪められた事実だけが 彼女を語る言葉だとしても
僕は、僕だけはずっと覚えている。
彼女との出会い、ほがらかな笑い声、悩み、苦しみ涙した日も
すべての人が笑顔で暮らせる、やさしい世界を作るために 力を尽くしていたことも。

目を閉じれば、それだけで あたたかな笑顔が浮かんでくる。
白く華奢な指先が、僕だけの為に伸ばされている。


『 スザク 』


罪と正しさだけしか見えなかった僕に、光をあててくれた ひと。
大切なものを守るために、迷いながらも歩くことをやめなかった、まぶしいひと。
くるくると変わる表情、まっすぐに向き合い、思い、
心のまま動きだすしなやかな強さに、惹かれずには いられなかった。


『 パーティ? 予定にはなかったはずですが? 』


『 えぇ、でも少しだけ顔を出します。 経済団体主催ですから、

  行政特区への支援を お願いしないと … ね? 』


皇女でありながらも、ワガママな振る舞いが苦手な方だった。
単なる社交辞令を越えての、支援依頼など 得意であるはずはないのに。


エリア11・副総督であり、超大国・ブリタニアの第3皇女でもあるユーフェミア殿下が
わざわざ顔を出してくださる。
それだけでも充分なのに、彼女の柔らかな微笑は 分け隔てなく降り注がれ、
堅苦しい顔ぶれの揃う会場に 華やかさを添えていた。
さほど強くはない アルコールのグラスを合わせ、
求めがあれば、笑顔でダンスのステップを踏んだ。


全ては、大切なもののため。


芯の強さは疑いようもないのだが、やはり 無理をして疲れたのだろう、
夜遅く自室に戻った時には 花のような唇からは 小さな溜息がこぼれた。
袖を引かれて向き合うと、胸元に君を受け止める。


『 ユフィ 、だいじょうぶ … ? 』

『 はい … でも ちょっとだけ … こうしていて? 』


いつもよりもきつく、僕の背中を引き寄せる君。
控えめな君の香りに、タバコと酒の匂いが混ざっている。

彼女の胸元ばかり見つめて にやけていた来賓もいた。
それをわかっていても、笑顔で相手をしているユフィがいじらしくて
遠くから見つめることしか出来ない、自分が歯痒くて たまらなかった。


『 今日はね、スザクの顔を思い浮かべて踊ったの。あなたになら、ちゃんと笑えるから … 』

『 ユフィ … 』


細い腰に廻した手に 自然と力が入っていく。
いとおしさと、無力感、なんだかうまく言えない気持ちが
ごちゃごちゃになって、どうしていいのか判らなくて。

君の表情は 見えない。
けれど君の指も同じように、僕をぎゅっと抱き締めていて
それだけで僕の存在を、許されたような気がしている。


『 あなたの側が、一番 安心できるの … 』


胸元をくすぐる囁きに 抱き締める腕を狭くした。

君が、僕だけを求めてくれる。
君をこうして抱いているだけで、どれほど僕が癒されているのか、
きっと君は 知らないだろう。


『 … 僕も、だよ ? 』


好きで、好きで、たまらなかった。
大切で、抱き締めてもまだ足りなくて、全部 僕のものにしたくて、
いっそのこと鎖につないで、箱の中に閉じ込めて、誰の目からも遠ざけて
僕しか知らない君にしてしまえたら。

もしも 本当にそうしていたら、失わずに済んだのかも …



そんな愚かしいことを 幾度となく考えた。
君をなくしてから、ずっと。


「 ユフィ … 」


君と出逢い、騎士になり、心を通わせ過ごした日々を、
僕は決して 忘れない …



しゃらん、と揺れるカーテンの向こう、空の色が薄らいでいる。
夜が 終わろうとしているんだ。

この夜が明けたら、僕は 出かけなきゃいけない。
子供の頃過ごした場所で、かつての友に逢うために。
かけがえのない大事な人を その手で殺した、憎い男に。



  許せないんじゃんくて、許さないだけだよ?



そう言って笑ったシャーリーも、今はもういない。
おそらくは、彼の手にかかって。


何故、シャーリーは 死ななければならなかった?

何故、ユフィは 死ななければならなかった?


許せないし、許さない。

命よりも大事な人を、永久に汚して 踏みにじった。
ありのままの僕でしかない、それでも生きる、と決めた理由を
たったひとりの希望の光を 根こそぎ奪い取っておいて
自分は 奪われたくない、と言う。

許す理由なんて、どこにもないんだ。


手袋を外して、胸元から 白い翼の騎士証を取り出す。
ナイト・オブ・ラウンズではなく、枢木スザクとしての心は、
いつだって、ここにあるのだ。



視界の隅で、黒い背中がぴくりと動いたように見えた。


明日、また僕は同じように この部屋に戻ってこれるのだろうか?
彼に逢い、彼の言葉を聞いたあと、僕は一体 どうするのだろう?

今日と同じく、眠るアーサーに迎えられて、君との出会いを思い出して
今日とまた同じように ユフィのことを思いながら 短い眠りにつけるだろうか。
同じでありたい、と願っているけど。


アーサーが起きる気配は、ない。

重たい身体を横たえて、騎士の証を胸に当てると
意識の波が 遠のいていく。
閉じたまぶたの裏側で、広がる花の色の髪。
君の名前を呼んだ吐息は やさしくその形をほどいて
朝の空気に熔けこんでいた。




fin.


********************************

R2・16話後 ねつぞうー。
ひさびさにスザクがいっぱいで、いろんな顔、見せてくれて
ユフィのこと、いっぱい思ってるみたいで嬉しかったですー。

次回・17話、「 土の味 」 … って …;
はいつくばって土をかぶるのは、誰なんでしょぅ …

'07 Aug. 2 up




SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送