You're the reason.
コツコツと 軽いノックの音がする。
謁見の申し込み自体は 事前に受けていたことなので
今さら 驚くものでもない。
来訪を待っている時間が 予想以上に長く思えた、
ただ それだけのことなのだ。
「 どうぞ。 」
「 失礼します。 」
扉の向こうにあらわれたのは、予想どうり、
枢木スザク准尉だった。
明日は、騎士の任命式。
正装に身を包み、厳かな誓いの言葉を連ねて、
彼は 私の騎士になる。
ドアを開けたまま、立ち尽くす真摯な瞳は、
事前の打ち合わせだけではない、何かの決意を漂わせていた。
「 どうしました ? どうぞ、中に 」
小さく頷き、一歩 足を踏み入れた途端、
膝を落として、最敬礼の姿勢になる。
扉の閉まる重たい音が やけに大きく耳に残った。
「 スザク … ? 」
「 ユーフェミア副総督、ご多忙にも関わらず お時間を割いてくださり、ありがとうございます。
恐れながら 折り入っての願いを お聞き入れいただきたく、参上致しました。 」
うなだれたままの視線は、相変わらず 床に落ちている。
目をあわせてももらえないほど、遠くにいる訳ではないのに。
せめて まっすぐに瞳を見たくて
私も そっと膝をついた。
「 殿下 … ! どうぞ、お席に 」
「 大事なお話が あるのでしょう ? きちんと伺いたいですから。 」
微笑みかけるのは、もしかしたら 失礼にあたるのかもしれない。
それでも、笑顔を浮かべてみる。
どれほど重たい言葉であっても、やんわりと受け止められるよう
自分自身をも ほぐすように。
揺らいだのは ほんの一瞬。
揺るぎない意志をもつ表情が 静かに私を見つめている。
「 お願い出来る立場ではない、ということは 重々承知しております。
しかし、あえてお願いします。 自分は殿下の騎士には、ふさわしくありません。
ですから、明日の任命を、 取り下げては いただけないでしょうか … ? 」
入口で強張る姿を見た時、心の中を通り過ぎた いくつかの予想。
その中でも、無意識に避けていた 最悪の言葉が
一番の支えになってくれると、信じた人から 零れ落ちる。
震えそうになる唇を きゅっと噛んだ。
きっと、なにか理由があるはず。
「 … わたくしでは、あなたの手を借りることは 出来ませんか? 」
「 違う! … 違います、 そうでは、なく … 」
うろたえたような眼差しは まだ何かを閉じ込めて見えた。
「 スザク … 理由を、聞かせていただけますか ? 」
知らずに前のめりになる姿勢を 圧力にしないように
ドレスの布を 思いきり、握り締めていた。
迷い、とまどい 思い沈む彼の言葉を 辛抱強く待ってみる。
それは 今日の中の、今を待ちわびる時間よりも
もっともっと長く感じる。
「 … 僕は、僕の手は 汚れている。 あなたの手を取る資格なんて、ないんです。 」
翡翠の瞳がうなだれるのを、初めて見た。
手を汚している。
それはすなわち、彼の手が 誰かの血をあびている、こと。
シンジュク・ゲットーで、あるいはナリタで 巻き添えになった者たちか、
それとも別のものなのか …
「 ある人に言われて気付いたんです。 僕は、自らを 危険にさらしたがっている。
そうすることで、自分自身、罪をあがなうつもりでいる … そんな僕が、あなたを 守れるはずがない … 」
彼の言葉の意味する本当のところは 判らない。
きっと私などが 軽々しく理解したつもりになど なれないようなものだろう。
それでも、私は 判っていた。
彼以外に この命を預けるひとなど、居ないことを。
辛そうに顔を歪めるこの人を、どうしようもなく 守りたい、と
思ってしまっていることを。
「 あなたの手が 汚れているのなら … 私は ? 」
うなだれた頬を両手で包んで そっと私と向かいあう。
あなたが、汚れているのなら、
私は。
「 日本だけじゃない、他の沢山の人達の犠牲の上に なりたっている私は
どれほど浅ましく、まがまがしい生き物でしょう … ? 」
あまたの戦いを経て、今にいたる 私の祖国。
見知らぬ人、親しい人、忠義をつくしてくれた人、
戦いが終わるたびに、ひとり 自室で目を伏せる姉の姿を
いつも見ていた。
世界を取り巻く想いは あまりにもたくさんありすぎて
そのすべてに答えるなんて、出来やしないと判っている。
「 愚かな存在だって、判っています。 それでも、軽々しく散ることは 許されない。
私を、私たちを信じて、チカラを貸してくれる人達まで、 否定することは出来ないから … 」
いけない、と思いながらも、言葉じりが震えてしまう。
「 あなたが消えてしまったら、悲しむ人がいるはずです … あなたに、もっと何か出来たはずだと … 」
「 俺 は … っ 」
つらそうに歪むまなじりは、私のせい?
言葉でつなぎとめるのは、彼を苦しめるだけなのだろうか。
皇女とは名ばかりの、無力な自分。
苦しんでいるこの人を 側に置きたくてあがく、醜い自分。
目の前の人が 涙で滲んだ。
私を見つめる翡翠の瞳も 心なしか潤んでいる。
頬を伝う綺麗な雫が 私の指を撫でた。
息苦しくて たまらなくて、片膝立ちの彼を 抱き締めた。
「 ごめんなさい … 私、何も出来なくて … 」
はりのある髪、がっしりした肩、まだ真新しい特派の軍服。
それなのに今 腕の中にいるこの人は、とても小さく不安定に思えた。
「 何も、出来ないけど … あなたを 失いたくないです …
たとえ 私の騎士じゃなくても … 」
生きていてください、とだけ ようやく絞りだした時
大きな手が背中を包んだ。
「 君は 何も悪くない 」
「 スザク … ? 」
包まれている感覚が あたたかくて、
また涙が溢れる。
「 何も悪くないのに、僕のために、泣いてくれるんだね。 」
「 私だけじゃないです! きっと 学校のお友達だって 」
「 こんな風に 泣いてくれたのは … 君が はじめてだ。 」
さぁっと赤くなる頬が、自分でも、見えるようだった。
慌てて手を放そうとするけど、私を閉じ込めたままの腕に
すっと引き寄せられてしまう。
「 同じ捨てる命だとしたら … 誰かのためになら、許されるかい … ? 」
「 スザク ! そんな、捨てるなんて … 」
「 判ってる。 長い間の考えを すぐに変えるのは、難しいよ。
だけど、君が泣いているのも いやだ。 … それが僕のためなんて。 」
とくん、と鳴った胸の音は、きっと彼にも 聞こえている。
穏やかになった彼の吐息も 私の胸に届いている。
あたたかいね、と呟くひとに
ひとりじゃないから、と 囁いた。
「 ずるいけど、甘えなのかもしれないけど 」
背中にまわされた腕が きゅっと、狭くなる。
「 君を、理由にしてもいいかな … ?
僕が、逃げないための 理由に。 」
何も出来ない私にも、あなたのために なるのなら。
出来ることが あるのなら。
「 私、あなたを、守りたいです。 だから … 」
胸元で、微笑む気配がする。
それは 僕の仕事だよ、と やわらかな声が心まで届く。
くすぐったくて、嬉しくて とても甘いこのひとときを、ずっと留めておきたかった。
さっきまでは 壊れそうなほど震えていた背中も、今はとても広く思えて
抱き締めているこのてのひらが、ささえられているような気がした。
fin.
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16話で スザクが壊れかけちゃってたんで
OPみたいにストレートな騎士姫は ないかもしれないなぁって思って。
理由なんて 後でもいいから、大事にしてあげて欲しいんだけど。
'07 Feb. 4 up